2025.8.27 更新
ちばぎん
土に学び、地域の声に耳を傾ける。フレッシュファームちばの軌跡と未来
さまざまな課題を抱える日本の農業。その現状を打開すべく、2018年に誕生したのが、ちばぎんグループの農業法人「フレッシュファームちば」です。銀行員が現場に立ち、自ら手足を動かし、土と対話する。そこに金融で培った知見と組織の経営基盤を活かしながら、新たな担い手の育成や持続可能な農業のモデルづくりに挑む姿は、地域に小さな変化の兆しをもたらしています。
データではわからないことが、田んぼにはある
「来週、種まきをするんですよ」 そう教えてくれたのは、竹内さん。2025年3月のよく晴れた日、二人の長靴には、しっかりと土の跡がついていました。 ここは、千葉県市原市の皆吉(みなよし)地区。ちばぎんグループの農業法人「フレッシュファームちば」が稲作に取り組む田んぼが広がっています。 春にはハウスで苗を育て、初夏の陽射しの中で田植えをし、夏は水を絶やさず、草を刈って稲を守る。そしてお盆が過ぎると、いよいよ稲刈りが始まります。
千葉県は全国でも収穫の時期が早く、9月上旬には刈り取りが終わることも少なくありません。 そんな日々の営みのなかで、特に手間がかかるのが草刈りの作業。田んぼといえば、平らな土地に整然と並んでいるのどかな田園風景を思い起こすことでしょう。しかし、同じ田んぼでもさまざまな地形があり、皆吉地区では法面(傾斜地)が多く存在しています。そのため、法面用の自走式草刈機もありますが、機械が届かない場所も多くあり、法面の草刈りは肩掛け式草刈機を用いて下から刈り上げていきます。
傾斜のきつい法面(のりめん)での除草作業は、担い手不足の一因ともされる重労働。
「農林水産省HPに記載されている統計データなどを見ると耕作面積に対する作業別労働時間が出ていますが、実際に作業を行ってみると全然違うんですよ」 そう笑う二人は、フレッシュファームちばが設立された年から千葉銀行との兼務出向で働く現役の銀行員。今は二足のわらじを履いて農業に携わっています。 それにしてもなぜ銀行員が、自ら田んぼに入って汗を流しているのか。話を聞いてみると、松さんの答えはとてもシンプルでした。 「現場に行かないと、わからないことが本当に多いんです」 土の感触、風の向き、もぐらやイノシシの生態。そして地域の人たちの想い。そういったことを、身体で感じ取ることが何よりも大切だと話す二人。 だから、今日も彼らは、長靴を履いて田んぼへと向かいます。
地域の人たちが真似をしたくなる存在に
農業法人「フレッシュファームちば」は、2018年3月、千葉銀行と地域企業15社の共同出資により誕生しました。背景にあったのは、担い手不足や高齢化によって耕作放棄地が増えるなど、農業が直面する深刻な課題です。このような中、地域農業の発展と競争力向上に向けた新たな取組みとして農業法人を設立しました。 千葉銀行はこれまでも、農業を成長分野と捉え、専任担当者を配置し販路開拓や6次産業化の支援などに取り組んできましたが、今回はさらに一歩踏み込み、自ら農業法人を設立して経営に参画したというわけです。まずは約2ヘクタールの土地を借り受け、稲の栽培をスタートしました。
皆吉地区でも、高齢化の問題は深刻。草刈りロボットへの期待は高まりますが、導入には地形やコストなど多くの課題が残されています。
「異業種から参入する強みとして、地域に適した栽培方法や作業時期などを地元生産者から教えていただきそれをベースとしながら、新たな視点での発想や挑戦を行うことで効率化や省力化など農業の持続や発展に結び付く取組みを見いだし、成功事例を広く発信することもできると思っています」と竹内さんが説明してくれました。 設立当初は、「銀行員が本当に農業ができるのか?」といった声もあったそうですが、フレッシュファームちばが目指しているのは、あくまでも自分たちの強みを活かし、地域を活性化させること。土地の声に耳を傾け、先端技術と組み合わせながら、省力化や標準化の可能性を日々探っています。 「私たちの取組みを見た誰かがうちもやってみようと思ってくれたら、それほど嬉しいことはない」と二人は続けます。
まっすぐに進まない田植え機と、まっすぐな想い
とはいえ、まずは稲作がしっかりできるようにならなければ、話は始まりません。 繰り返しになりますが、フレッシュファームちばのスタッフは皆、農業経験のない銀行員たち。最初は田植え機やコンバインの操作も初めてで、まっすぐ進むこともままならず、見守っていた農家さんたちから「そっちじゃない、そっちじゃない」と大きな声が飛んでいたそうです。 「3年目くらいまでは、本当に手取り足取り教えていただきました」と当時の様子を振り返る松さん。今でも地域の人たちからアドバイスをもらうことは多いそうですが、試行錯誤を重ねた結果、技術も少しずつ身につき、ようやく独り立ちできるようになってきたと話します。
水が張られた美しい水田。ぎこちなかった田植え機の動きも、今ではすっかり風景の一部に。
「『現場の課題を解決する』とまで言うとおこがましいですが、まずは現場にどんな課題があるのかを、自分たちの肌で感じること。それがすべての出発点だと考えています。誰かに任せるのではなく、自分たちが実際に現場に出るという選択をしたのも、その思いがあったから。ただ一方で、専業農家になってしまっては、我々が関わるメリットも半減してしまうので、特に農閑期は本店にも頻繁に出勤し、銀行員としての目線や強みを意識した取組みを続けていきたいと思っています」と、松さんは話してくれました。 稲作を始めた当初は、わずか2ヘクタールの小規模な農地でしたが、現在では耕作面積が14ヘクタールにまで拡大しました。背景には、地域全体でさらに高齢化が進む中、「耕作を引き継いでほしい」という声が増えてきたことがありますが、加えて、地域の人たちから「任せても安心だ」と信頼してもらえるようになったことも、大きな要因となっています。
最近は「お米を作ってみたい」と相談してくる地域の企業や飲食店が増えていると松さん。稲作の技術は「まだまだ教えられない」と謙遜しつつも、農業参入や法人設立の相談には実務に基づいたアドバイスを含め銀行との兼務出向が活きていると話します。
丹精込めて育てたお米は、生産地である皆吉地区の名を冠し、「みなよし米」と命名されました。このお米は、グループ会社のちばぎん商店が運営するECサイト「C-VALUE」で販売され、多くの方から好評をいただいています。さらにフレッシュファームちばでは、収益源の多様化を考える施策の一つとして、発酵食品のエキスパート「小川屋味噌店」と共同開発した甘酒や、埼玉県草加市の老舗「山香煎餅本舗」の協力で生まれたおこげせんべいといったオリジナル商品の開発にも力を入れています。
粘りと甘みが魅力の「みなよし米」はちばぎん商店のイベントブースでも購入が可能です。
広がる挑戦、育つ未来。フレッシュファームちばは新たなステージへ
ただ最近は、稲作だけでは取組みの幅に限界があることも次第に見えてきたといいます。そこで現在は、稲作以外にも自分たちにできることはないか、いろいろと模索を続けているのだそう。 例えば、西洋野菜の露地栽培もその一つ。千葉市の隣にある八街市には、エコファームアサノの浅野悦男さんという農家さんがいます。西洋野菜やハーブといった、日本ではまだ珍しい作物を手がける第一人者で、飲食業界では知らない人がいないと言われる存在です。その斬新な発想に農業の未来を感じ、ぜひ自分たちでも挑戦してみたいと考えるようになったといいます。 もう一つは、「いちじく」の栽培で、これから新しいハウスを建設予定であり、具体的な計画が進行中です。市原市がいちじく産地の活性化を図るために推し進めている日照射センサーを活用した自動潅水システムなどの最先端技術も取り入れ、スマート農業実現に向けたトライアルの一つとしても力を入れていくとのことです。
一方、持続可能な農業を考える上では、「作る」だけでなく、「どう売るか」までを見据えた仕組みづくりも欠かせません。先ほど紹介した、甘酒やせんべいの開発もそうした出口戦略の一環ですが、農業の現場では、意欲ある若い人たちがせっかく参入しても、収穫後の販路確保に苦労するケースが少なくありません。収益にどうつなげていくかという「出口」の課題は、今なお大きな壁となっています。 「ちばぎん商店などを通じて、新たな目線や手法で出口戦略の可能性を探っていきたいと思っています」と竹内さんは話します。
2025年3月に、フレッシュファームちばは、千葉銀行によって全株式を取得され、銀行業高度化等会社として他業認可を取得しちばぎんグループの子会社となりました。これにより、グループとの連携がさらに深まり、例えば、環境に優しい農業として注目されているアクアポニックス(水耕栽培と魚の養殖を融合させた循環型農業)などの新たなフィールドへの挑戦も、より一層、積極的に進めていく予定です。 うまくいったことは、惜しまず地域に還元していく。まだ行き届かないところには、焦らずじっくり、知恵を重ねていく。2ヘクタールの田んぼから始まったこの挑戦が、やがて、農業とまちの風景を変える—そんな未来を思い描きながら、これからも行く末を見守っていきたいと思います。
皆吉地区の農家の皆さん。
※所属、役職およびインタビュー内容は取材当時のものです。